音楽の力。

1917年―1919年板東(日本)におけるドイツ捕虜収容所の文化的生活
ベートーヴェン・ハウス ボン 特別展示会

板東のバラック式収容所

ベートーヴェン作品のコンサート

1918年2月3日のベートーヴェン室内楽の夕べでは、五重奏曲作品16の編曲であるピアノ四重奏曲の他に、"クロイツェル・ソナタ"作品47が演奏されたが、この自筆譜

を見ることができる。
1918年2月3日 『クロイツェル・ソナタ』のコンサート
ベートーヴェン自筆譜 ヴァイオリン・ソナタ 作品47 第1楽章
1918年4月14日 3曲のピアノ・ソナタのコンサート
1918年4月末、エンゲル・オーケストラは、その前年特に音楽活動の活発な久留米収容所で既に演奏されたベートーヴェンの交響曲第5番を演奏した。
久留米では、交響曲第8番が1916年に、また交響曲第7番が1919年に、各々日本初演されている。
1918年4月28日、29日 交響曲第5番のコンサート
パウル・エンゲルは収容所で音楽授業をし、週2回の収容所外での日本人生徒へのレッスンを許可された。 1860年代、アメリカ人による開国への圧力によって鎖国を解いた日本にとって、西洋は近代化への手本となり、16世紀中期にポルトガルの宣教師によってもたらされた西洋音楽も、広く深く浸透していった。
パウル・エンゲル
"パウル・エンゲル音楽セミナー” エンゲルと日本人生徒